第12回 集団の中の個人 -赤信号みんなで渡ればこわくない?-

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これまで、モチベーションという概念、またモチベーション概念を軸とする研究を紹介してきましたが、モチベーションを理解するには、集団の中で個人がどのように行動するのか(集団からどのような影響を受けるのか)についても理解することが大切です。今回はそうした視点から、いくつかの興味深い研究を紹介しましょう。

 

集団意思決定の効果

集団での行動について意思決定する場合には、一般に、メンバーでの討議を経て決定する方が、メンバーの行動を促進する上で効果のあることが知られています。グループ・ダイナミクス(集団力学)という領域を創始した心理学者のK.レヴィンは、今から70年以上も前に、食生活習慣の変容を促す実験を行いました。

当時のアメリカは戦争の影響で食肉が不足しており、レバーなどの内臓肉を家庭の食卓に上らせることで肉不足を補うことが考えられました。しかし当時のアメリカでは内臓肉を食べる習慣がなかったため、レヴィンは主婦に集まってもらい「集団決定法」を用いて行動変容を促す試みを実践しました。

この実験では、一方のグループは、レバーの調理法について集団で講師から講義を受けた後に、レバーを食卓に上らせるように協力依頼を受けました。これに対してもう一方のグループでは、小グループに分かれてレバーを食べることについての討議の後で、それぞれが討議メンバーの前で行動決意表明を行いました。

2つのグループについて、その後のレバー調理の実行度が調べられました。その結果は、講義グループでの実行率がわずか3%であったのに対し、集団合議グループでは32%と10倍以上の実行度を示しました。つまり、集団での討議を経て意思決定をしたグループでは、実際に行動が促進されたことが明らかになったのです。

集団決定法では、なぜこのような促進が得られたのでしょうか。レヴィンは、討議に参加することでその問題への積極的な関心が高まったこと、メンバーの前で不安や否定的な感情を表出し共有することで、その後の変化を受け入れやすくなったこと、また、全員が意思表明することで新しい集団規範(行動の枠組み)が形成されたことなどを理由に挙げています。

職場でも、新しい施策を取り入れる時には、上意下達で一方的に指示命令を出すのではなく、メンバーを意思決定に参加させ不安を取り除くことが、新しいやり方への関心を高め、行動の促進につながることが期待できます。

 

集団決定過程での問題

もちろん、集団意思決定というやりかたは、必ずしも良いことばかりではありません。たとえば次に紹介するようなことで、せっかくの集団のアイデアが削がれてしまうこともあります。

①集団意思決定の過程では、いろいろ考えても、それをメンバーに説明し、コミュニケーションをとることに負担を感じて面倒になってしまい、個人で考えようとする意欲が低下してしまうことがあります(「プロセス・ロス」)。

②新しいアイデアが湧いても、それを話すと笑われるのではないか、相手にされないのではないかなど、他人の評価が気になって発言を控えてしまうこがあります(「評価懸念」)。

③討議の過程ではまた、個人で判断する場合よりもさらにリスキーな方向に判断が偏る傾向(「リスキー・シフ」)や、反対に個人で判断するときよりも慎重な方向に判断が偏る傾向(「コーシャス・シフト」)も生まれることがあります。このように、集団としての意見や態度が極端な方向に偏る現象は「集団極化現象」とよばれます。

 

社会的手抜き

ミーティングの場で『面倒だから静かにしていよう。私が発言しなくても、最後は誰かがまとめてくれるだろう』と、黙っていることがあります。また『誰もやらないのに私だけやるのはばかばかしい。わざわざ他人の分まで背負うことはない』と、本来できることでもやらないこともあります。こうした現象を心理学では「社会的手抜き」と名づけて、多くの研究がなされています。

はじめの例のように、他人の努力におんぶして自分は手を抜いてしまうのは「フリーライダー効果」、2番目の例のように他人の分までやるのはイヤだと手を抜いてしまうのは「サッカー効果」とよばれます。なお、ここでのサッカーは、言いなりになる人、カモにされる人という意味の“sucker”という語で、球技のサッカー(soccer)ではありません。

社会的手抜きはなぜ生じるのでしょうか。原因の一つに、集団の中では個人の責任が薄まり拡散してしまうことが考えられます。たとえば、何かを決めたり行動しなければならないとき、他に誰もいなければ、その決断の責任は100パーセントあなたが負うことになります。けれども、あなたを含めて10人のメンバーがいれば、単純に考えればあなたが感じる責任の大きさは十分の一になり、100人の集団では百分の一になります(図参照)。つまり、自分がその場に対して感じる責任の大きさは、集団のサイズが大きくなるとともに薄まり、小さくなっていくと考えられます。没個性化ということもできるでしょう。

 

 

このように社会的手抜きは、集団が大きくなってメンバー個々の責任が拡散すると発生しやすくなります。『自分一人くらい手を抜いても大丈夫、これだけいるのだから誰かがやってくれるさ』となってしまうのです。

また、集団のサイズが小さくとも、メンバー個々の成果や成績が表れず集団としての結果のみという状況、仕事の意義や与えられた役割があいまいな状況では、社会的手抜きが発生しやすくなります。逆に言えば、グループでの取り組みであっても各人の成績が明示される、小さな仕事であってもその意義や役割が明確に説明されている場合には、社会的手抜きは生じにくくなるということです。

 

モチベーション研究の広がり

今回は触れませんでしたが、集団と個人の関係を理解することは、効果的なリーダーシップのありかたを探る上でも欠かすことができません。さらに、リーダーシップの問題は、リーダーとメンバーがどのようなコミュニケーションをとれば対人関係が円滑に進んでいくのかという、対人コミュニケーションの理解ともつながります。

このように、モチベーションの理解は、私たちの生活や仕事場面における多くの事象に関係して思考の幅を広げてくれます。教育場面においてもモチベーションに関する研究の蓄積が進んでいます。次回からは、モチベーションに関わるこうした広い領域の研究や実践を紹介していくことにします。

 

(角山 剛)

■筆者紹介

第12回 集団の中の個人 -赤信号みんなで渡ればこわくない?-

角山 剛 Kakuyama Takashi

1951年生。立教大学大学院修了。立教大学、東京国際大学を経て2011年9月より東京未来大学教授。 2018年3月まで モチベーション行動科学部長・同大学モチベーション研究所所長。 2018年4月より学長。 専門は産業・組織心理学。現在、産業・組織心理学会常任理事(元会長)、人材育成学会常任理事、日本応用心理学会常任理事。著書に「最新 心理学事典」(産業領域編集責任者 平凡社)、「産業・組織」(新曜社)、「産業・組織心理学ハンドブック」(編集代表 丸善)、「産業・組織心理学」(共著 朝倉書店)、「組織・職務と人間行動」(共著 ぎょうせい)など。その他著書・訳書・論文多数。
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