組織を強くするモチベーションコラム
モチベーションアップ

第11回 続 達成へのモチベーション -J. W. アトキンソンの研究-

アトキンソンの研究

前回はマクレランドによる達成動機の研究を紹介しました。マクレランドは社会の成長や衰退を、その国の人々の達成動機の強さで説明しようとしましたが、彼の大学院生であったJ.W.アトキンソンは、個人が目標達成に向かうモチベーションの理論的な解明を目ざしました。

アトキンソンは動機(モーティブ)と動機づけ(モチベーション)を区別して用いています。アトキンソンによれば、動機とは、ある種の満足を得ようと努力する個人的な傾向を意味します。つまり、動機とは個人の特性であって、その強さはもともと個人によって違いがあると考えます。これに対して動機づけは、動機に加えて後述する2つの要因が影響を及ぼしあって生じるプロセスであって、同じ個人であっても、その強さは状況によって変動します。そして、達成を目指す行動は、成功に近づこうとする動機づけ(接近モチベーション)と、失敗を回避しようとする動機づけ(回避モチベーション)の、両者の合成値として表すことができると考えました。

アトキンソンの公式

アトキンソンによれば、2つのモチベーションは次の公式で表されます。

接近モチベーション=f(Ms×Ps×Is)

Ms:個人特性としての成功に向かう動機の強さ
Ps:成功の期待(成功する見込み=成功の主観的確率)
Is:成功の誘因(成功することの魅力。常に正の値をとる)
fは変数の相互作用関係(関数関係)を表す

回避モチベーション=f(Mf×Pf×If)

Mf:個人特性としての失敗を回避しようとする動機の強さ
Pf:失敗の期待(失敗する見込み=失敗の主観的確率)
If:失敗の誘因(失敗時の不快感。常に負の値をとる)

この2つの値の合成値(接近モチベーションと回避モチベーションとの差)が、達成を目ざすモチベーションとなります。

課題の難しさと達成モチベーションの関係

成功の見込みが高い易しい課題の場合には、達成しても大きな満足感は得られないでしょうし、逆に、成功の見込みが低い難しい課題では、達成したときには大きな満足感を得ることができると考えられます。上記の接近モチベーションの公式に当てはめると、成功する見込み(Ps)が高いほど、その課題に成功しても満足感は小さくなるので、成功への魅力(Is)は小さくなると考えられます。したがって、式の中でIsは1-Psと置き換えることができます。

そこで、個人特性としての動機の強さ(Ms)を一定として、達成モチベーションの理論値を計算してみます。わかりやすくするためにMs=1と置いて、成功する見込みの異なる5つの課題を想定してみます。

達成モチベーションの理論値
達成モチベーションの理論値

この表からは、課題が易しすぎても難しすぎてもモチベーションが強まらず、成功の見込み(Ps)が0.5、つまり成否五分五分のときに最もモチベーションが強まることが予測されます。アトキンソンらが行った実験的研究では、実際には成否の確率が0.5よりも少し低い値、つまり成否五分五分よりもやや難しい課題で、達成へのモチベーションが最も強まるという結果が得られました。

一方、ここでは詳細は省きますが、回避動機が高い場合には、理論的には成否五分五分の課題で最も達成モチベーションが低くなり、無理せずともできる易しい課題や、失敗しても周りから非難されないような極端に難しい課題を選ぶことになります。

達成モチベーションに性差はあるか?

アトキンソンらの研究対象となった、成功への接近モチベーションと失敗回避モチベーションとは別に、心理学者のM.S.ホーナーは、女性に特有のモチベーションとして「成功を回避しようとする」モチベーションが存在すると考えました。

ホーナーによれば、女性は「女性が達成的行動に成功することは、周囲から否定的な目で見られるのではないか」あるいは、「女性のそうした行動は、女性らしさに欠けるのではないか」といった、成功に対する不安や恐れを抱きやすいと考えました。つまり、「成功すること」と「女性らしくありたい」という感情の間に葛藤が生じ、成功を回避しようとするモチベーションが強まる結果、達成的行動が抑制されると考えたのです。

ホーナーはこの仮説を証明するため、実験に協力してくれた男女に『第1学期の期末試験の結果、アン(男性対象者には「ジョン」)は自分が医学部で1番になったことを知った』という文章を読ませ、それに続く短い物語を作らせました。そうしたところ、男性の対象者では90%が主人公が成功する物語を作ったのに対して、女性の対象者ではほぼ70%が成功を回避する物語を作成しました。女性対象者が作った物語の内容には、友人を失って男性との付き合いもうまくいかなくなった、医学のために人生を棒に振って一人ぼっちになってしまった、コンピュータのミスで実際にはそのような成績は取れなかったなど、ネガティブな記述が多く見られました。

ホーナーらは一連の研究結果から、達成へのモチベーションに性差が存在することを主張しました。しかしその後の研究では、たとえばホーナーらが用いた方法以外の方法では成功回避へのモチベーションは見られないこと、性差よりも職業や所属組織といった集団間の差の方が顕著であることなど、成功回避モチベーションという概念の有効性は確認できていません。

ホーナーらの研究は1960年代から70年代にかけてのものであり、女性の社会進出が進んでいる現代では「女性らしさ」の概念も当時とはだいぶ異なってきています。性役割観は文化や時代背景によって異なってくるものでもあり、結局ホーナーらの主張については「達成動機づけのレベルには信頼できる性差は存在しない」(心理学者N.ベッツ)といった否定的な見解が導かれています。

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