医師だからこそ知っておきたいハラスメント防止の基本
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医療の現場は特殊です。命を預かる緊張感、24時間体制、厳しい階層構造という中で多忙を極めるストレスフルな環境です。
緊急事態への対応も迫られことから常に大きなプレッシャーと緊張状態に置かれる中、専門職としての裁量が大きく、組織的な統制が及びにくいことから、ハラスメントが起きやすい性質があります。
また、命を預かるという特殊性から生まれる緊張感やプレッシャーにより、指導とハラスメントの境界線が曖昧になりやすいという現場でもあります。
子弟制度的な「厳しさ」が部下育成には不可欠と言った旧習が残っていたり、「部下の成長を願う気持ち」で指導していても受け手には「いじめ」「人格否定」と受け止められてしまうこともあります。
閉鎖的空間になりやすい医療機関は、外部の目が届きにくい職場環境なため、ハラスメントが発生し継続しやすいといえます。
解決策としては、厚生労働省の指針に基づき、その境界線を理解して、適切な対応を考えていく方法があります。
現場で起こりやすいハラスメント
医療現場で起こりやすいハラスメントには、次の4種類が挙げられます。
①パワーハラスメント:指導の名の下での人格否定や過度な叱責のことです。
同僚の目の前での叱責や、人格を否定するような暴言やミスした際に「医者に向いていない」と厳しく怒鳴るといった事例があります。
②セクシャルハラスメント:閉鎖的な環境での不適切な言動をとることです。
不必要なボディタッチや性的な発言、デートや食事への誘いが挙げられます。
また、「きれいになったね」「スタイルが良いね」という業務に無関係な外見への評価も当てはまります。
③アカデミックハラスメント:研修医・若手医師への研究強要です。具体的事例に、データの書き換え指示、共著者でない学生への学会発表データ作成の強要などがあります。
④マタニティハラスメント:女性医師への妊娠・育児に関する差別です。
例えば、院長が、妊娠を報告した看護助手に「妊婦はいらない。明日から来なくていい」と退職を迫る事例や「周りに迷惑をかけている」という非難をする事例があります。
ここでグレーゾーンの観点での例を挙げます。
セクハラ:「しっかり頑張れ!」と背中を叩く:意図として激励であっても、受け手が不快に感じたり関係性によってその身体的接触が不適切とみなされる可能性があります。
パワハラ:「お前には関係ない」と、部下の意見や提案を封じ込める行為は適切なコミュニケーションを阻害したパワハラととられやすい言動が挙げられます。
こういった「グレーゾーンの判断基準」を考える時、厚生労働省が定める3つの判断基準に基づいて、個別の事案ごとに総合的な視点で判断することが重要です。
グレーゾーンの判断基準
- ①言動の目的や経緯②業務上の必要性・合理性③人格否定の有無④関係性や頻度
医療現場における、指導とハラスメントの違いを考えた時に、その最も大きな違いは「目的」にあります。
指導は相手の成長を促すことを目的とし、より良い医療の提供に繋がる業務上必要で相当な範囲で行われます。
一方で、ハラスメントは立場を利用して相手に苦痛を与え、嫌がらせをすること目的とした、個人的な感情や意図であり、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動を指しています。
なぜドクターの意識改革が必要か
厚生労働省のハラスメント指針は、医療現場を含む全て職場において、パワーハラスメントについての防止措置を業務者に義務付けています。
その中で医療現場におけるハラスメントは深刻な問題です。
それは若手医師の離職希望にも大きく影響しており、複数の調査データからみてもハラスメントを経験している医師は多く、それが離職を考える主要な要因の一つであることが示されています。
日本医療労度組織連合会の調査によると、医療現場で働く若手スタッフの約3割がパワーハラスメントやマタニティハラスメントの被害に遭っていると回答しています。
こういったことは次世代の医療人材の確保へ大きく影響します。
また、医療現場におけるハラスメントは、組織全体の生産性の低下といったことにも甚大な影響を及ぼし、安全配慮義務違反や不応行為責任などの法的リスクも伴い、病院の信頼性も低下するのです。
医師の言動は組織文化の形成に大きな影響を与えます。
医療機関において、医師は専門的知識と権威を持ったリーダ的存在である場合が多く、その言動やコミュニケーションのスタイル、価値観が、組織全体における雰囲気や規範に広まっていきます。
病院も一般企業同様に一つの組織です。
そこには理念や価値観、文化があり、それらを築き上げていくのはリーダーによる行動や発言です。
そのため、個々の組織文化をより良いものとするためには、先ずは医師自身が前向きな変化の担い手となり、リーダーシップを発揮していく事が必要なのです。
適切な指導とコミュニケーション
患者への安心・安全な医療提供と多種職連における相互尊重やチーム内の効率的な連携ののためには、医療現場において適切な指導とコミュニケーションが不可欠です。
単に業務を教えるのではなくチームの一員としての責任感・病院への理念共感を育てる視点も重要です。
適切な指導とフィードバックには、客観的事実に基づく具体的なコミュニケーションと相手の成長を促すための共感的な姿勢が重要です。
1対1で落ち着いて話せる環境で行うことやサンドイッチ型フィードバック(改善点を褒める点で挟み込む手法)で相手のモチベーション低下を防ぎ、改善を促すことにつなげるといった効果があります。
また、スタッフは高いストレスの環境下にあるため、ストレスマネジメントと自己認識といった個人のセルフケアと組織的なサポートも必要です。
どういった状況でストレスを感じやすいか、どのような対処パターンを持っているかなどを理解し、新たな対処方法を主体的に選択できるようにすることも必要です。
こういった指導を行う際のコミュニケーションにおける、伝え方にも配慮すること大切です。例えば、「お前は何度言ってもできないな」というと否定されたことで委縮してしまうことも「この手技は難しいけれど、○○の部分を意識すると改善するよ」と前向きに捉えられる表現で伝えることによって、受け取り方は変わります。同じ内容であっても言い方を変えることでやる気に繋げていく事も大切です。
まとめ
医療現場においてハラスメント防止は、働きやすい職場環境を生み出します。
高いストレスと緊急性を伴う環境の中、スタッフが心身共に健康で働けることが重要で、それはスタッフの離職防止やメンタルヘルスの維持にもつながり、結果としてより質の高い医療の提供になるのです。
ハラスメントを未然に防ぎ、発生時には適切に対処する、そのためには組織内の円滑なコミュニケーションと対話が重要です。
「継続的学び」は医療従事者の責務です。この意欲を支えるためにも、安心して意見交換や質問できる職場文化作りが必要です。
「医師のリーダーシップが職場を変える」これこそが、今、一歩踏み出すべき重要な行動変容なのです。
