組織を強くするモチベーションコラム
コミュニケーション

第22回 良好な対人関係を目指すコミュニケーション:ソーシャルキルを高めてWell-beingを目指す

嬉しい気持ちや感謝の気持ちを表情で示そうとしても、いつも固い表情になってしまうという人はいませんか。厄介な仕事を頼まれて本当は断りたいと思っているのに断れず、いつも引き受けることになってしまう人はいないでしょうか。

第21回で対人コミュニケーション・チャネルに示される接近と回避の連動について説明しましたが、冒頭の事例は、その連動がうまくいっていないことにより引き起こされたものと考えることができます。接近・回避の気持ちと、対人コミュニケーション・チャネルの接近・回避の連動をうまくこなせる人もいれば、得意ではない人もいます。そのような違いに関わるのがソーシャルスキル(social skills)です。「良好な対人関係を目指すコミュニケーション」をテーマとする3回目のコラムでは、ソーシャルスキルに注目します。

ソーシャルスキルとは

ソーシャルスキルは、社会的スキルともいわれます。古くは、社会的技能とか、対人的技能とも呼ばれていました。ソーシャルスキルの定義は、コミュニケーションを生む能力に注目するか、行動に注目するか、認知的側面に注目するか、あるいはそれらを含んだプロセスに注目にするかなど、研究目的に応じてさまざまなものがあり、一つの定義に定めることが難しい概念です。そこで、ここでは、いずれの定義にも共通する特徴から「対人関係を良好に保ち、コミュニケーションを円滑に進めるのに必要な、学習可能な力」として定義しておきます。

人間関係も練習次第

さて、先のソーシャルスキルの定義のなかの「学習可能」という点に注目したいと思います。ソーシャルスキルが学習可能ということは、言い換えれば、ソーシャルスキルは一生変えることができなというものではない、ということです。「私は表情に気持ちを表すのが苦手だ」、「断れない性格だから」と人間関係の構築を尻込みしてしまう必要などなく、学習の機会さえあれば現在の状態よりも向上するということを意味しています。

ここで、Argyle(1967)によるソーシャルキルの考え方を紹介します。Argyle(1967)は、ソーシャルスキルを、スポーツをしたり、自転車に乗ったり、ピアノを弾くなどのような運動スキル(図1左)になぞらえて説明しています。

自転車に乗る場面で考えてみましょう。自転車で近所のスーパーに行くという「目標」があったとき、途中の横断歩道で信号が赤になって自転車を止めたとします。このとき、信号が赤であることを「知覚」し、赤だから止まらなければならないと「翻訳」して、ブレーキをかけ、ペダルをこぐのをやめるという「運動反応」が生じます。これにより、自転車が止まるという「外界の変化」が生じ、その状況が「フィードバック」により再び「知覚」され、自転車が止まったと認識されます。

図1右に示したソーシャルスキル・モデルでは、AとBの二人の人物の間でなされるコミュニケーションに必要なソーシャルスキルを、運動スキル・モデルに当てはめて考えています。例えば、人物Aが、いつも元気なBがさみしそうな表情をして教室にいる姿を見て、理由を聞き出そうとする場面で説明してみましょう。「理由を聞き出す」のが「Aの目標」であり、AはBの表情や、一人でいることを「知覚」します。そして、その知覚に基づき「どうしたの?」と理由を尋ねようと考えます。これが「翻訳」です。実際に尋ねる際には「対人技能」を使って適切に尋ねる方法を考え、声に出すのです。その言葉は自分自身の耳に届きますし(フィードバックY)、その言葉にBが対人技能を使って理由を話し始めれば、Bの言葉もAの耳に届きます(フィードバックX)。もし、Bが途中で口籠って話すことをやめてしまえば、それがAの目標に影響を与え(フィードバックZ)、理由を尋ねるのをや
めて側にいるだけにしよう、といった新たなAの目標となるのです。

Argyle(1967)による運動スキル・モデル(左)とソーシャルスキル・モデル(右)
図1 Argyle(1967)による運動スキル・モデル(左)とソーシャルスキル・モデル(右)
(アージル,M.(著) 辻正三・中村陽吉(訳)(1972)より)
注)ソーシャルスキル・モデル中の「対人技能」は辻・中村(1972)の訳では「社会的技能」とされているが、相川(2009)の訳にならった。なお、ソーシャルスキル・モデルは改訂後の版では掲載されてない。

自転車に乗りたての頃は、赤信号だから自転車を止めようと思いブレーキをかける、という知覚から運動反応までの行為を、一つ一つ意識しながら行っています。しかし、運転に慣れるにつれ、一連の行為は自動化されます。コミュニケーションも同様で、さみしそうな姿を見て声をかけるに至る一連の行為も、さまざまな人間関係を経験して迅速に行われるようになるのです。

ただし、自転車に乗る練習をしなければ、いつまでたっても知覚から運動反応までの流れは自動化されません。同様に、人間関係も、引っ込み思案のままで人とかかわる機会が少なければ自動化されないのです。さらに、赤信号は「進めの合図だ」と間違って記憶していると、誤った運動反応が生み出されます。人間関係においても誤った翻訳は誤った対人技能を生み出します。つまり、自転車に乗るのと同じように、人間関係で適切な反応がなされるか否か、また、それが迅速に行われるかどうかには、練習量や練習の仕方が影響するのです。したがって、表情に気持ちを表すのが苦手だから人間関係を避けてしまったり、断りたいのに毎回依頼を引き受けてしまったりするのは、人間関係の練習の機会を放棄していると考えることができます。

ソーシャルスキルを高めてWell-beingを目指す

人が、心身共に、また、社会的にも健康な状態をWell-being(ウェルビーイング)といいます。幸福感という言葉に訳されることもあります。われわれ一人一人が対人関係に積極的になり、ソーシャルスキルを高めることで満足のいく人間関係が構築されたならば、個々人が感じるWell-beingは高まるでしょう。Well-beingの高まった個々人が集まる社会は安定し、安心をもたらします。したがって、ソーシャルスキルを高めることは、単なる個人の目標だけでなく、自らが所属する社会を維持するためにも必要なのです。

良好な人間関係を構築し、過ごしやすい社会を形成するために、「人とかかわろうとするモチベーション」を高めて、日々、人間関係の練習をしてみてはいかがでしょうか。

引用文献
相川充(2009) 新版人付き合いの技術―ソーシャルスキルの心理学― サイエンス社
Argyle, M. (1967). The psychology of interpersonal behavior. Penguin Books. (アージル,M.(著) 辻正三・中村陽吉(訳)(1972). 対人行動の心理 誠信書房)

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